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我竟然忘了这个时间(>_<)三成我爱你!我爱你!(11月6日这个日子真让人伤心)


2017年11月10日 更新

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ファン大集合!三成好きのためのお祭り「石田三成祭」レポート

2017年11月5日(日)、石田三成の生誕地、滋賀県長浜市石田町で「石田三成祭」が開催されました。毎年、三成の新暦命日に合わせて行われる「石田三成祭」。同地から発掘された石田一族の供養塔では法要が行われます。また、隣接する広場では特設ステージでイベントが行われ、石田家の屋敷跡に建つ石田会館では講演会も。甲冑武者としてお祭りを盛り上げてきましたよ!

 高桐みつちよ 公式

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三成好きによる、三成好きのための、三成祭に行ってきました

石田町の石田三成像

via 高桐みつちよ撮影

関ヶ原の戦いで敗戦した石田三成は、近江国の古橋(現滋賀県長浜市木之本)で捕縛され、慶長5年(1600)10月1日、六条河原で斬首となりました。

三成の故郷である石田(現滋賀県長浜市石田町)では、その新暦命日に合わせ、例年11月の第1日曜日、2017年は11月5日に、三成と石田一族の供養のため、石田三成祭を開催しています。

普段はタダオキストな高桐ですが、三成ファンでもあり、石田三成祭は私が初めて台本を書いて演劇を披露した思い出の場所でもあるので、その感謝を込めて、毎年、甲冑武者として参加させていただいています♪

スタッフも、参加者も、全員が「石田三成が大好き」

石田三成は、永禄3年(1560)、石田村の土豪であった石田家の次男として生まれました。
この時代の北近江は浅井家の支配下。織田信長(織田徳川連合軍)と浅井長政(浅井朝倉連合軍)がぶつかった姉川の戦いは、元亀元年(1570)三成が10歳のときでした。

その後、浅井家は信長に滅ぼされ、天正2年(1572)、この地には新領主として羽柴秀吉がやってきます。
秀吉は、当時今浜と呼ばれていた琵琶湖湖畔の港町を「長浜」と改名して拠点にします。
そして、石田村から山を一つ越えた観音寺(滋賀県米原市)で寺小姓をしていた三成と出会うことになるのです。※三成が士官した年は諸説あり

秀吉は長浜を足掛かりに出世を果たし、ついに天下を治めるまでになります。
三成は佐和山城(滋賀県彦根市)を与えられ、生まれ故郷の領主となりました。
領地運営は父正継に任せてほとんど自領にはいなかっただろうと考えられていますが、善政を敷いたと言われています。

そして関ヶ原の戦いが勃発。
三成死後、石田村の人々は、石田家の墓石を地中に埋めて秘匿としました。
時は流れて昭和。「触るとお腹が痛くなる」という伝承が残る塚から墓石が発見されます。
以来、石田町ではその墓石を石田一族の供養塔としてきました。

現在、石田町の人たちは、三成を親しみを込めて「三成さん」と呼びます。
石田家への供養と感謝の気持ちを形にしたのが「石田三成祭」です。

石田三成祭開催!

出演者が勢ぞろいして開会のあいさつ。長浜市のキャラクター三成くんも登場!

via さくらゆきマネージャー撮影

歌と踊りで盛り上がるステージ

お祭りの会場は、石田町の中心部、石田家の屋敷があった場所に立つ石田会館とその周辺の広場。
広場にはトラックを利用した特設ステージが組まれ、さまざまな催し物が披露されました。

戦国ダンスユニット・神桜舞-shinobi-

戦国をテーマにしたダンスを披露してくれた、姉妹のダンスユニット神桜舞(しのび)さん。
キレッキレのダンスに盛り上がりました!

via さくらゆきマネージャー撮影

「和心」を詠って伝える超個性派アーティスト仁凰

石田三成の顕彰歌を歌う仁凰さん。
力強くも心洗われるステキな歌声の方々。ゲストに関ケ原町で活動するアコースティックバンド・ラベンダーさんも登場。

via さくらゆきマネージャー撮影

元祖歴史系アーティスト・さくらゆき

そしてトリに登場したのが、ユカリノ公式キュレーター・小栗さくらさんが所属するさくらゆきさん。
関ヶ原の戦いで西軍に属した武将をテーマにした歌を、語りを交えて歌い上げました。

via 高桐みつちよ撮影

この他にもクイズ大会や餅まきが行われ、終日大盛り上がりでした。

石田三成祭は「食」も魅力!

お祭りといえば、ご当地メシ。
石田三成祭では、地元のお母さんたちの模擬店のほか、長浜市や彦根市など周辺の飲食店も出店しており、目移りしてしまうほど、おいしそうなものがいっぱい。

ステージを見ながら食を楽しむ人たち

広場にはテーブルが置かれていて、食べながら(宴会しながら…?)ステージが見られるようになっています。

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